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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(行ツ)133号 判決 1992年12月15日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

地方自治法二四二条の二の規定に基づく住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え、もつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである(最高裁昭和五一年(行ツ)第一二〇号同五三年三月三〇日第一小法廷判決・民集三二巻二号四八五頁参照)。そして、同法二四二条の二第一項四号の規定に基づく代位請求に係る当該職員に対する損害賠償請求訴訟は、このような住民訴訟の一類型として、財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し、職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものにほかならない。したがつて、当該職員の財務会計上の行為をとらえて右の規定に基づく損害賠償責任を問うことができるのは、たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であつても、右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である。

ところで、地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、教育委員会の設置、学校その他の教育機関の職員の身分取扱いその他地方公共団体における教育行政の組織及び運営の基本を定めるものであるところ(一条)、教育委員会の権限について同法の規定するところをみると、同法二三条は、教育委員会が、学校その他の教育機関の設置、管理及び廃止、教育財産の管理、教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事などを含む、地方公共団体が処理する教育に関する事務の主要なものを管理、執行する広範な権限を有するものと定めている。もつとも、同法は、地方公共団体が処理する教育に関する事務のすべてを教育委員会の権限事項とはせず、同法二四条において地方公共団体の長の権限に属する事務をも定めているが、その内容を、大学及び私立学校に関する事務(一、二号)を除いては、教育財産の取得及び処分(三号)、教育委員会の所掌に係る事項に関する契約の締結(四号)並びに教育委員会の所掌に係る事項に関する予算の執行(五号)という、いずれも財務会計上の事務のみにとどめている。すなわち、同法は、地方公共団体の区域内における教育行政については、原則として、これを、地方公共団体の長から独立した機関である教育委員会の固有の権限とすることにより、教育の政治的中立と教育行政の安定の確保を図るとともに、他面、教育行政の運営のために必要な、財産の取得、処分、契約の締結その他の財務会計上の事務に限つては、これを地方公共団体の長の権限とすることにより、教育行政の財政的側面を地方公共団体の一般財政の一環として位置付け、地方公共団体の財政全般の総合的運営の中で、教育行政の財政的基盤の確立を期することとしたものと解される。

右のような教育委員会と地方公共団体の長との権限の配分関係にかんがみると、教育委員会がした学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する処分(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条三号)については、地方公共団体の長は、右処分が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、右処分を尊重しその内容に応じた財務会計上の措置を採るべき義務があり、これを拒むことは許されないものと解するのが相当である。けだし、地方公共団体の長は、関係規定に基づき予算執行の適正を確保すべき責任を地方公共団体に対して負担するものであるが、反面、同法に基づく独立した機関としての教育委員会の有する固有の権限内容にまで介入し得るものではなく、このことから、地方公共団体の長の有する予算の執行機関としての職務権限には、おのずから制約が存するものというべきであるからである。

本件についてこれをみるのに、原審の適法に確定したところによれば、(1) 東京都教育委員会は、東京都内の公立学校において教頭職にある者のうち勧奨退職に応じた二九名について、昭和五八年三月三一日付けで校長に任命した上、学校職員の給与に関する条例(昭和三一年東京都条例第六八号)及び学校職員の初任給、昇格及び昇給等に関する規則(昭和三四年東京都教育委員会規則第三号)の関係規定に基づき、勧奨退職に応じた勤続一五年以上の職員を二号給昇給させる制度を適用して、二号給昇給させ(以上の各措置を「本件昇格処分」という。)、さらに、同日右二九名につき退職承認処分(以下「本件退職承認処分」という。)をした、(2) 東京都教育委員会の所掌に係る事項に関する予算の執行権限を有する東京都知事である被上告人は、本件昇格処分及び本件退職承認処分に応じて、右昇給後の号給を基礎として算定した退職手当につき本件支出決定をし、右二九名は右退職手当の支給を受けた、というのである。

そして、以上の事実関係並びに原審の適法に確定した本件昇格処分及び本件退職承認処分の経緯等に関するその余の事実関係の下において、本件昇格処分及び本件退職承認処分が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するものとは解し得ないから、被上告人としては、東京都教育委員会が行つた本件昇格処分及び本件退職承認処分を前提として、これに伴う所要の財務会計上の措置を採るべき義務があるものというべきであり、したがつて、被上告人のした本件支出決定が、その職務上負担する財務会計法規上の義務に違反してされた違法なものということはできない。所論の点に関する原審の判断は、結論において正当であり、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 坂上寿夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

別紙

選定者目録

東京都江東区清澄一丁目八番一号 荒井寿美子

同 練馬区春日町四丁目三五番七号 三塚正義

同 江戸川区南小岩二丁目五番八号 笹本常子

同 葛飾区堀切三丁目二一番四号 友沢正信

同 杉並区井草一丁目二二番一号 原 彦次

同 江戸川区北小岩六丁目一九番一号 手塚 功

同 新宿区西新宿八丁目二番二三号 奥野みき子

同 新宿区北新宿一丁目四番二号 大谷ビル 蜂谷浪子

同 葛飾区細田四丁目八番一四号 宮田素女

同 目黒区大橋二丁目四番八号一〇〇六 蜂谷 浩

同 荒川区荒川五丁目二番六号 石川かよ

同 葛飾区立石七丁目一二番八号 石田千秋

【上告理由】

上告人の上告理由

一 原判決は、最高裁大法廷昭和五二年七月一三日判決(民集三一巻四号五三三頁)および該判決を踏襲した最高裁第一小法廷昭和六〇年九月一二日判決(判例時報一一七一号六二頁)に反した誤判である。

前記最高裁の二判決は、普通地方公共団体の支出が違法となる場合として、その支出自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合もまた違法となる旨判示した。

本件退職金の支出もその場合に妥当するはずであるにもかかわらず、原判決は、本件を前記最高裁の二判決の対象となつた事件とは異なるとした。

異なるとする理由は、原因となる行為をなした者と、支出ないし支出負担行為をなした者が前記最高裁二判決の場合は同一人であるのに対し、本件では右行為者を異にし、かつ退職手当の支出決定者がその原因となる行為について指揮監督することができないからであるという。

理論的には、原因行為者と支出決定者が別人であれば、後者が前者の行為を事前に阻止できる立場にあるか否かが、両行為の承継性を認めるか否かの分岐になると判断されるから、本件では、まず被上告人の知事が都教委の処分に関し関与しえたか否かが検討されなければならない。

特任校長制による退職手当の支給は、昭和五七年度に突如行われたものではなく、甲第二号証四頁に明らかなとおり、被上告人が知事に就任した昭和五五年度から実施されてきたものである。

地方自治法一四九条二号は、「予算を調整し、及びこれを執行すること」を地方公共団体の長の担任事務としている。このうち、予算の調整は、長の専権に属するものとされ、かつては教育委員会に予算原案送付権が認められていたが、昭和三一年の「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」の制定以後は認められていない。

また予算は、過去の年度の予算・決算を踏まえて作成されるものであるから、被上告人は長として、昭和五五年度および五六年度の決算段階でも退職手当の内容について当然知つていたし、知らなければならない立場にあつた。

さらに、長は、「会計を監督する」権限を有し(地方自治法一四九条五号)出納長又は収入役は、支出負担行為の法令違反を確認する義務がある(同法二三二条の四、二号)から、支出を伴なう違法な行政処分に対しては、それを放置せず、是正勧告が可能であつたし、またそうしなければならなかつたはずである。

以上からして、原判決が、被上告人である知事が、本件支出の原因となる一部教頭の特任校長への昇格処分に対し、具体的に指揮監督することができないと判断したのは、誤りである。

原判決はまた、次の点でも誤りをおかした。

乙第一号証の「東京都会計規則」の下にある乙第二号証「知事の権限に属する事務の委任及び補助執行について」にある「人件費については、昇給のつどあらかじめ知事と協議するものとする」の規定により、本件教頭の特一等級への昇給に際しては、教育庁の担当者が知事と協議している。

したがつて、この段階においても、被上告人は、会計の監督者として、違法支給を事前に阻止しうる立場にあつた。

原判決は、この点を全く見落している。

以上からして、被上告人は、支出行為ないし支出負担行為の前段の原因行為である都教委の昇格処分に昭和五五年以来関与できる立場にあつた。

その点で、前段の原因行為は、後段の支出行為ないし支出負担行為に承継されているのであり、前記最高裁の二判例は、本件にも妥当する。

二 次に原判決は、都教委の本件昇格処分がいわゆる公定力を持ち、それが重大かつ明白な瑕疵を持たない限り、知事としては退職手当を支給しなければならず、本件体退職手当の支給の適法性は簡単に結論を引き出せるような問題ではないから、重大かつ明白な瑕疵ではないという。

原判決の浅薄な認識と異なつて、本件退職手当の支給は、強行規定である地方公務員法二四条一項の「職務給の規定」に一見明白に違反している。

「学校職員の給与に関する条例」(乙第五号証)六条は、「職務の等級」の規定であり、その第一項には、「職員の職務は、その複雑、困難及び責任の度に基づきこれを給料表に定める職務の等級に分類する」とある。

本件二九名の者が校長としての職務を果たした者であるならば、右の規定は妥当するが、これら二九名の者は、「複雑、困難及び責任」が校長とは異なる教頭の地位にあつた者であるから、これら二九名の者を校長としての給料表上の等級に位置づける根拠とはならない。このことは、一見して明白である。

また、同条例の七条は「給料表」を定めたものであるが、同法三条「給料」第一項の規定によれば、「給料は正規の勤務時間による勤務に対する報酬」であるから、校長として勤務しなかつた者に対して校長としての報酬額を定め、それをもとに退職手当額を算出することはできない。このことも一見して明白である。

いずれにしても、教頭を特一等級に格上げしてそれを退職手当にはねかえらせる法的根拠は皆無であり、このような措置は、一見明白に違法である。

したがつて、被控訴人は、本件退職手当を支給すべきではなかつたのであり都教委の行政処分に公定力があつたとする原判決は誤りである。

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